前にも話題にしたことがある気がするんだけれど、四魂によって、何を自分だと思っているか、何を「その人」だと思っているかの違い、その傾向をもうちょっと知りたい。
とくに「親」が強い人。
ここがこんなにも違うのだ、ということがわかっていると、抽象的なレベルでの願いについての誤解が減るヒント満載だと思うですよね。
僕ら智が強い人だったら、自分が蓄え積み上げてきた研究成果としての智慧と技にかなり同一化しているし、それをみてもらえている時に僕のことをちゃんとみてもらえている気持ちになる(人が多い)。
勇が強い人だったら、自分のユニークさや独創性、自分が成し遂げてきた経験や達成を見てもらえている時に、自分のことをちゃんと見てもらえている気持ちになる。
愛が強い人だったら、自分の喜怒哀楽、どんな時にどんな気持ちになるか、何が好きで何が嫌いか、その感情の揺れ動き全てを見てもらえている時に、自分のことをちゃんと見てもらえている気持ちになる。
親が強い人は?自分が果たしている役割なのかな。どうなんでしょ。
(四魂の窓、個性認識学は出口光さんが開発したものです。
僕も元・本部講師でして、これは世に広まって欲しいと思って多用しています。)
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