パートナーとの関係で、「なんでこの人はこうなんだよ!」「なんでわかってくれないんだ!」「愛があるならもっとこうなるはずじゃない!?」っていうような、不本意な現実は生じるものです。
そうした感情的に揺さぶられる体験は、「パートナーがもっとどうなるべきか」を教えてくれているのではありません。
「私自身がどんな気持ちを置き去りにしてきたか」を教えてくれる機会です。
というのも、ほとんどの場合こうした場面では、僕ら自身の抱えているアーリートラウマが刺激されているのでした。
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僕らは誰でも、意識で現実を創造する力をもっています。
その力は、日常的にしょっちゅう、アーリートラウマによる自動思考が使っちゃっています。
つまり傷ついた子ども時代につくった思い込み、間違った前提をもとに現実を創造してる。 傷ついた子ども時代に、本来感じて良かったはずの痛みの感情(や場合によっては身体感覚など)があった。
でもその時それを感じるには、あまりに安全がなかった。
それで子ども時代の僕らはみな、その感情や身体感覚に蓋をして生き延びるわけなのです。
その時に同時に、思い込みや間違った前提をインストールします。
もっとお外で走り回って遊んでいたかった。 そうお母さんにも言った。 でも「もう遅いからおしまい」って無理に家に連れ帰られてしまった。
そのときに、たとえば ・もっと遊んでいたかったけれど叶わなかった痛み ・お母さんに言ったけれどそうさせてくれなかった痛み
なんかがあるわけですが、ただそれを感じるのが安全ではなかったなら、
・「わたしが悪い子だから」こうなるんだ ・「わたしには価値がないから」聞かれないんだ ・望みを通したら、お母さんの負担が増えて大変なことになる ・駄々をこねたら、お母さんはいなくなってしまう
などなど、無理やりにでも納得しようと理屈を探すわけ。
理屈と対処法を探す。
この辺はアーリートラウマの詳しい話だから一言では書けないけど。
話を戻して、今日のところとしては、 ・もっと遊んでいたかったけれど叶わなかった痛み ・お母さんに言ったけれどそうさせてくれなかった痛み みたいなものが、「置き去りにしてきてしまった感情」です。
これを見つけてあげると、思い込みの世界や、そこでやってきた偽の対処法が、意味をなさなくなっていく。
言い換えると思い込みの幻想の世界から目覚めることができるようになります。
単に、わたしは自分のやりたいことをやりたい、という自分がいる。 単に、身近な人とわかり合っていたい、という自分がいる。
その自分としての生き方を取り戻せばいい。 うまくいってもいかなくても、そう言う望みを持っている自分として。
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そんなわけで、パートナーとの間で心揺さぶられることがあったら。
「私自身がどんな気持ちを置き去りにしてきたか」ということでもあるし、その置き去りにしてきた気持ちを感じる代わりに、感じないで済むために何をやらかしてきたのかを見つけるチャンス。
それによって、自分自身が思い込みの世界から解放され、本来の生きる力を発揮できるようになるわけです。
最近心揺さぶられた出来事はなんですか。 その奥には、どんな「置き去りにされてきた気持ち」がありそうでしょうか。
(ちなみにこのことが身に染みてわかってくると、一人のパートナーと関わっている方がよく見える。 もし仮にパートナーが二人いたら、途中まで赤外線スコープで調べて、残りを超音波のエコーで調べる、みたいな感じで、チグハグで不完全なデータしか取れないと今の僕だったら感じます。)
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