パートナーが欲しいのにできない、とか、パートナーとの関係性が好転しない、とか、「結果が出ない」ときって、とってもキツく感じるものです。痛みの大きい場面。
それで、自分にダメ出ししたり、実は望んでいなかったことにしようとしたり、いろんな形でこの痛みを回避しようとし始めます。
無理もないんだけれど、ここが踏ん張りどころ。
回避したくなるほど痛いってことは、それだけ願いがあるってことです。
それでですね、そういう時に僕が思い出すことばがあって、それは:
「私は希望というものについてよく考えます。
希望とは世界の状況ではなく
とりわけ心のあり方だと思うのです。
希望とは持っているかいないかのどちらかしかなく、
それは魂の次元の話です。
希望とはやがてよくなるという楽観主義ではなく、
どんな結果に終わろうともこれが正しさに至る道だと
確信できることなのです。」
っていう、ヴァーツラフ・ハベル(元チェコスロバキア大統領)のことばです。以前とある事情から、英語から僕が訳したんだけれど。
どんな結果に終わろうとも、自分の道を進む。
その道に自分は乗ることができているのか、と問いかけるのが鍵。
その道を降りてしまったら、それは自分のたましいを裏切ることになってしまう。
でも痛みを抱えながらもその道、その願いに通じる道を歩いているなら、それはあなたがあなた自身を大切にし続けることになります。
そしてその道を共に歩く人がいてくれたら、一人で歩くよりもずっと歩き続けられるようになります。
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